「年金が2割減る」は本当?2019年財政検証のポイントとは

2022-04-06

https://www.kurashino-okane.com/social-security-tax/financial-projection/

8月末に2019年の年金財政検証が発表され、「年金が2割減る」といった報道がありましたが、本当なのでしょうか。

この記事では、年金制度の中でも特にわかりにくい「年金財政」について、すこし解きほぐしてみたいと思います。

1. 5年に1回!公的年金の財政検証とは

日本の公的年金は、現役世代が支払った保険料で年金受給者への年金給付をまかなう「賦課方式」で運営されています。少子高齢化が進み、年金は破綻する、と言われることもありますが、そのようなことがないよう5年に1回のスパンで年金が今後大丈夫かどうかをチェックしています。これを財政検証と呼んでいます。

財政検証では今後約100年間(「財政均衡期間」)の年金財政が健全かどうかをチェックし、危機的状況にあるとなった場合には年金制度の改正や経済政策などで年金財政を好転させる手立てを講じることになっています。「100年安心」というキャッチフレーズはここからきているということですね。

ここで「健全」と言えるための基準は、

給付水準は所得代替率50%を維持し、財政均衡期間終了時(約100年後)に、約1年分の年金給付費(現在は約46兆円)に相当する積立金が残っていること

反対に「危機的状況にある」と言えるための基準は

次の財政検証(5年後)までに所得代替率が50%を下回ることが予測されること

とされています。

今回の財政検証結果を一言でいうと「今後の経済の状況によっては大丈夫と言える場合と言えない場合があるが、危機的状況には至っていない」といったところかと思います。

2. 難しい言葉がいっぱいの財政検証!用語の意味は?

財政検証の話をするときに最初にぶつかるのが難解な用語です。言葉の意味をざっくりつかんでおきましょう。

2-1. 所得代替率とは

現役時代の平均手取り月収に対して、もらえる年金額の割合が何%になるかを表す数字です。財政検証で使われる所得代替率(しょとくだいたいりつ)は、現役世代(男性)の平均手取り月収に対するモデル年金の年金額の割合のことです。

現在は現役世代(男性)の平均手取り月収35.7万円に対しモデル年金22万円で、61.7%となっています。将来にわたってこの数字を50%以上にキープできるようにしていこうというのが年金財政の運営方針です。

2-2. モデル年金とは

モデル年金とは、厚生労働省が定めている標準的な世帯の夫婦がもらえる年金の月額です。2019年度は夫婦2人合計で22万1,504円となっています。

ここでいう「標準的な世帯」とは

・夫は40年間厚生年金加入、平均月収42.8万円(ボーナス含む)

・妻は夫の扶養として40年間国民年金加入

という夫婦を想定しています。この世帯が標準的と言えるかは別として、財政検証はこの数字をもとに行われています。

2-3. マクロ経済スライドとは

年金額は、毎年物価や現役世代の賃金の動向によって少しずつ変動していますが、少子高齢化の進展に伴い現役世代の減少や平均余命の伸びを年金額の伸びに関連させ、物価や賃金ほど年金が伸びなくなる仕組みが導入されました。これがマクロ経済スライドです。

少子高齢化が落ち着き、この調整をしなくても年金給付と負担がバランスするようになれば、調整はなくなる予定です。財政検証では、いつまで調整を続ければバランスがとれるようになるかも示されています。なお、途中で所得代替率が50%を下回った場合にも終了し、制度を改正してテコ入れをすることになっています。

3.【2019年】財政検証の結果

いよいよ2019年の財政検証の結果を見ていきましょう。

2019年の財政検証は、今後の経済が上向くか横ばいか、低迷するかによって6パターン(ケースI~VII)のシミュレーションを行っています。これに合わせて、年金制度を改正した場合のオプション試算も行っています。いずれの場合も前回2014年の財政検証の時より、経済見通しについて厳しめに見ているとのことです。

3-1. 現在の年金制度を変えない場合(オプションなし)

試算されているケースは、経済成長(物価と賃金の伸び)と労働人口の増加によって分けられています。ケースI~IIIは、経済も比較的好調で、高齢者や女性の労働参加が進む場合、ケースIV、Vは経済、労働参加とも若干上向きまたは横ばいで推移した場合、ケースVIは経済は低迷し、労働参加も進まなかった場合を想定しています。

<ケースI~III>
ケースI~IIIでは、途中でマクロ経済スライドもなくなり、100年後でも所得代替率50%を維持できるという結果になっていますが、これは希望的観測を多分に含んでいると言えるでしょう。

<ケースIV、V>
ケースIV、Vではマクロ経済スライドを終わらせられずに所得代替率50%を割り込み、その後も同じように調整を続けると最終的に所得代替率40%台半ばとなる結果となっています。

<ケースVI>
ケースVIはかなり厳しい結果となっています。所得代替率50%を確保できないばかりか国民年金については途中で積立金が枯渇し、最終的な所得代替率は30%台半ばから後半といったところに落ち着きます。ケースVIは長期間にわたってマイナス成長となることを前提としており、「年金だけではなく日本経済全体が危機的状況に陥ることも考えられるケース」とされています。

いずれの場合も5年後に予定される次回財政検証時点の所得代替率は60%を確保していますので、今すぐテコ入れをしなければならないという危機的状況とはなっていませんが、現行の制度のままでは経済の動向次第で年金財政は相当厳しくなっていくということが読み取れるかと思います。

3-2. 制度改正をおこなう場合(オプション試算)

いくつかの制度改正を行ったらどうなるのか、というオプション試算がケースI、III、Vについて行われています。

制度改正はいずれも

・保険料を値上げしない

・現行のスライド調整以外の年金額切り下げをしない

という方向で考えられているようです。

3-2-1. 厚生年金に加入する人を増やす(オプションA)

パート・アルバイトの人など、雇用されて働いていても厚生年金に入っていない人が厚生年金に入ったらどうなるか、という試算です(オプションA)。新たに加入する人数によって3パターン試算されていますが、最大1,050万人が厚生年金に新たに加入し、その場合はケースVで所得代替率は最終的に49%となります。

3-2-2. 年金の加入期間・受給開始年齢の選択幅などを変更する(オプションB)

厚生年金に入る人を増やす以外の制度改正を行ったらどうなるか、という試算も行われています(オプションB)。

オプションBは以下の5通りの試算を行っています。

1. 現在は通常60歳までの国民年金加入期間を65歳までに延長

2. 65歳以上の在職者に対する年金と給与の調整(在職老齢年金)の廃止

3. 現在は70歳までの厚生年金加入期間を75歳までに延長

4. 現在は70歳まで遅らせられる年金受給開始を75歳まで延長

5. 上の1~4をすべて行う

このうち、2については年金額が増える=財政としては悪化の方向です。1の改正を行うとケースVでも50%台の所得代替率を維持できるという結果が出ています。4(と5)については所得代替率を大きく改善できますが、これは最大75歳まで年金受給開始を遅らせる(「繰下げ」)ことによる増額も加味されています。

3-2-3.オプションAとオプションBを全部おこなう

オプションで示された制度改正を全部行った場合、ケースⅤで最大10.4%の改善(所得代替率54.9%)が見込まれるという結果となっています。

4.財政検証の結果を見るうえで注意したいこととは?

結局、財政検証についての関心事は「年金が今後減らされたりしないか」ということに尽きると思います。財政検証ではこれについて必ずしもわかりやすい形で公表されていません。財政検証では「所得代替率」にスポットが当てられていて、実額ベースでの話が表に出てこないからです。これが財政検証をわかりにくくしている一つのポイントだと思われますので、以下の点に注意しながら見ていきましょう。

4-1.「所得代替率」はあくまでもモデル年金ベース

財政検証で出てくる所得代替率は、あくまでモデル年金と現役世代平均の給与で計算しています。個々の家庭の所得代替率は財政検証の数値とは一致しない場合も多いでしょう。

4-2.「所得代替率」の増減は必ずしも年金額の増減と一致しない

所得代替率が減れば、年金額は減るとは限りません。極端に言うと、現在所得代替率が50%だとして、現役世代の給与が3倍になり、年金は2倍になったとすると、所得代替率は33%に低下します。所得代替率が減っても年金が増えるケースがあるのです。

4-3. 年金は本当に「2割減る」のか?

「2割減る」と言われると、現在100万円もらっている人は80万円しかもらえなくなる、と考えてしまいますが、話題となっている「2割減る」はそういう単純な話ではなさそうで、現在60%強の所得代替率が50%台またはそれ以下に減っていく、というのが「2割減る」の意味なのではないかと思います。この時、実際の年金額が減っているのか増えているのかは将来の物価や給与水準によるので「わからない」ということになります。

厚生労働省の資料によると、現在の物価水準に引き直した場合はケースI~IIIでは増額、ケースIVで横ばい、ケースV、VIでやや減額という結果になっています。

5.まとめ:年金財政は危機的な状況ではないが年金を守る政策が必要

財政検証の将来見通しの置き方や結果の見せ方など、いろいろ意見はあるとは思いますが、現状はここ数年で破綻するような危機的な状況とまでは至っていないということ、将来にわたって年金を守っていくためには、支え手を増やしていくことが重要だと政府としては考えているようです。今回のオプション試算に見られるような政策を政府は今後検討、実行していくことになるのでしょう。

これからも公的年金が老後の収入の柱となることは変わらないと思われますので、まずは自分が老後にいくらもらえるのかをしっかり把握し、その上でいくら不足し、不足分はどう賄うのかを考えて準備をしておくことが大切なのではないでしょうか。

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執筆:綱川 揚佐 (社会保険労務士)
年金は身近な制度であるにも関わらず様々な誤解がある。年金相談会や年金セミナーなどを通して誤解を払拭すべく努めている。正確な、偏らない、わかりやすい年金情報を心掛け記事をお届けしてまいります。
 

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